「弥生時代の遺跡」

先日 市民会館の図書室に行った折に
市内にある弥生時代の遺跡の展示がされていたので
ちょっと覗いてみた。
市街地を見下ろす小高い丘の上にある その遺跡には
この街に住み始めた頃一度だけ 訪れたことがある。

縄文時代 弥生時代の 分類は
私の学習した頃とは ずいぶん変わってきているようだ。
歴史が変わるわけはないので 
新しい計測法などで 現代人による解釈が違ってきた~
ということなのだろう。

私が貰ってきたパンフレットには
弥生時代(今から約2000年前)の高地性集落と書かれている。
私が生まれた2年後に 中学生の生徒たちが弥生土器を発見したそうだ。
こういう話を聞くと とてもわくわくしてしまう。

でも この街には 縄文時代の遺物も出土しているのだから
6000年位前から 人類は住み続けているのだと思われる。
だから 不思議なようだけれど
歴史の流れとしては 当たり前のことなのかもしれない。
発見されてないだけで どの町にも 古い遺跡や遺物は眠っているのだろう。

私は はるか遠い昔の人類に思いを馳せるのが好きなのだが
夫は こういう古い物には全く興味がないようだ。
全然 わくわくしないらしい。
庭から 縄文式土器が見つかっても ガラクタだと処理されてしまいそう(笑)

弥生時代の人は 言葉をしゃべっていたのだろうか?
でもあったとしても言葉の数は少なかっただろうから
あまりおしゃべりの人は存在しなかったかも~

この集落には 竪穴住居がいくつかと 倉庫 と墓地があったようだ。
祭場(まつりば)と呼ばれる特別な場所もあり 屋外調理場も。
高底倉庫は 茅葺屋根で ねずみ返しまであったそうな。
一番大きな竪穴住居は60㎡もあったらしい。

考古学というのは
異説が入り乱れていて 邪馬台国の謎などは
きっと永遠に解けないのだはないかと思う。

縄文時代や弥生時代の人達は
乗り物などない時代にもかかわらず
私達の想像する以上に広範囲を行動していたらしい。
だから 他の集落とも盛んに交流したのだろう。
皆現代人に比べると 驚くほど健脚だったのねえ。。。(^^)/

ということで
私の弥生時代脳内散歩は おしまいです。








[PR]
Commented by ☆彡異邦人 at 2015-10-31 13:57 x
☆彡 nonさんへ ☆彡
縄文や弥生時代の遺跡などには、興味がありますよね。
☆彡異邦人も、ポンペイの遺跡を訪れた時にはショックを受けました。
ヴェスヴィオ火山噴火による火砕流で、埋もれた町が掘り起こされ、
その街を見ると日本では縄文や弥生時代に、もうそのころポンペイには劇場や
水道、馬車なども整備されていたんですね。
そんな日本が、今や世界に貢献できる技術があるという事は嬉しい限りです。
遺跡を見たりたどるという事は、文明を知り未来をも拓ける謎めいた歴史が面白いですね。
Commented by nonkonogoro at 2015-10-31 17:21
***
☆彡異邦人さん

海外の遺跡も見てみたいものですが
なかなか機会がありません。
古代文明が日本に出現しなかったのは
何故なんでしょう?
やはり地理的なハンデがあったのでしょうかねえ。
そして
古代文明は 皆ほろびてしまったのか?
それとも 現代へと続いている地域もあるのか?
歴史で習ったのだろうけれど 忘れてしまいました。
また ネットで勉強することにしましょう。(^^)/

名前
URL
画像認証
削除用パスワード
by nonkonogoro | 2015-10-31 09:57 | Comments(2)